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6,864円 11,440円

商品説明

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●『神仏習合 かみとほとけが織りなす信仰と美』

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 いきなり展覧会とは関係のないことを支離滅裂に書いているが、話を『神仏習合』に戻す。「しゅうごう」とワープロで打ち込むと「集合」が表示され、『神仏集合』となってしまう。これはなかなか面白い。『神仏習合』は『神仏集合』でもあるからだ。仏教は義務教育で習うように、インド発祥で、中国や朝鮮半島を経て日本に伝わった。それ以前に日本に宗教がなかったわけではない。神道と言われるのがそれで、人々は山や川など、自然のあらゆるものに神は宿るとの考えを持っていた。それは基本的には今も変わらないが、富士山がゴミ山と化していることを思えば、もはや現在の日本人が山河を神と思っていなことは明白になりつつある。つまり、神はもう死んだ。ニーチェの言ったことを日本人は率先して実行したと言ってよいか。山や川を大切にするということは、身の回りを清めておくという意識で、これは日本が湿気が多く、病原菌が発生しやすいということを大昔の人々が経験的に知っていたからであろう。つまり、山河を汚すとそれは自分に跳ね返って来る。だが、山の清水を飲んで生活をしなくてもよくなった、あるいは出来なくなった現在、もはや山は荒れてもどうでもよい存在で、神が居心地悪そうにしていても人々は平気になっている。これは何が原因だろうかと思う。あらゆる神様大歓迎、ポール・マッカートニーの歌ではないが、日本は「Let ’em in」主義で仏教を摂取し、それ以前の神々ともうまく折り合いをつけて1000年以上もうまくやって来た。仏教を導入したのは、最先端の文明が付随していたからで、より高度な社会へと発展するにはつごうがよかったからだが、同じような発展主義は文明開花の名の下、明治にも顕著に見られ、日本は国際的に引けを取らない国家として脱皮を計り、それに成功して現在がある。歴史をマクロ的に見ればそういうことだが、仏教が伝来した6世紀前後と決定的に違うのは、科学技術優先になって新たに宗教は入って来なかった。西洋の科学文明はキリスト教やそれ以前のギリシア文明、あるいはアラビアの文明などが絡み合って形成されたものだが、多神教のギリシア文明の上に唯一神を祀るキリスト教文明がどううまく習合したのかしなかったのか、その辺りのことは筆者にはよくわからないが、たとえばD.H.ロレンスがギリシア文明を讃えてキリストを嫌ったのはよく知られるところで、西洋でもキリスト教が必ずしも全員から問答無用の信頼を得て来なかったのはよくわかる。近代の機会文明社会がキリスト教とは切っても切れないものであるとの考えがどこまで正しいのかそうでないのかは知らないが、科学は宗教とは無関係で、それ独自で普遍的に真理として存在すると言われれば、そういうことにあまり知識のない一般人はそうかなと思ってしまう。これは簡単に言えば、キリスト教であっても仏教であっても1+1は2であるということなのだが、1+1が2であるとの設問と答えそのものがキリスト教的であるとも言える。つまり、西洋の科学と呼ばれるものは、西洋が発明したひとつの物の見方であって、それがなくても人間は別の何かを考え出してそれなりの文明を作って来たであろうし、その方が人間にとって幸福であったかもしれない。
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 ここで本居宣長と上田秋成が意見を戦わせたことについて触れるたい気もするが、これはまたの機会にして本題に入ろう。厚さ2センチの図録は思いのほか安く、1500円であった。これでは古書を待つよりいいと思って買って帰った。奈良国立博物館は展示室が大きくふたつにあって、全部じっくり見ると半日は要する。それにさらに平常陳列としての別棟もあるから、とても体力が持たない。せっかく奈良に出るからにはもうひとつ展覧会をと、その日は先に県立美術館で『江戸時代 上方絵画の底ぢから』と題するものを見た。それなりに面白かったが、以前見たことのある作品が混じり、予算のなさを如実に示す展示内容で、日曜日でも100人は入らなかったのではないだろうか。それはさておき、『神仏習合』は展示面積が大きいため、とにかく盛りだくさんな内容で、会場の最後に近づくにつれて熱心に見る度合いが減少する。展示は全10章に分けられ、1「神と仏の出会い」、2「神像の出現」、3「山神への祈り」、4「御霊信仰と神前読経」、5「社に参る僧侶たち」、6「本地垂迹(すいじゃく)-顕現する神と仏」、7「宮曼荼羅の世界」、8「中世神道-伊勢をめぐる神仏習合」、9「仏舎利を護持する神々」、10「神仏の捧げる芸能」となっていた。これら各章を詳しくことは到底無理なので、図録の各章扉の簡単な解説からさらに簡単にまとめて書いておく。まず1「神と仏の出会い」だが、奈良時代になって律令国家の体制が取られると、仏教が重視され、それまでの外来の神の位置から、逆に日本の神々への信仰を仏教に組み込む作業が始まった。これが「神仏習合」の始まりで、豊後国宇佐地方の神であった八幡神が勧進されて東大寺の鎮守神となったりし、各地の神社に「神宮寺」と呼ばれる仏教寺院が盛んに建てられた。また、東大寺二月堂のお水取りは神仏習合の儀礼のひとつとして今に伝わっている。展示品で目についたのは「三角縁三仏三獣鏡」だ。三世紀の中国のもので古墳から出たものだが、そこには仏像の座像が花や龍のような獣の文様とともに浮き彫りされていて、日本人が最初に出会った仏像とされる。2「神像の出現」は、日本の神像の形の由来を説明する。先に書いたように、日本の神は本来形を持たないから、神像があるのは矛盾だが、神像は神宮寺の出現以降に求められたもので、僧侶の形をしたものが目立ち、そのほか吉祥天や梵天をかたどったものもある。また、日本の神官や巫女をかたどったものは、近年は中国の道教神像などに源流を求める見解が出ている。3「山神への祈り」は、これだけでも過去に何度か展覧会が開催されたことのあるテーマで、日本独自の山を崇める精神から山岳修行者たちが密教の影響を受けながら体系化した修験道を紹介する。ここで登場するのは、仏教に多少関心のある人なら即座に連想するように、神仏習合の性格が強い蔵王権現の神像だ。筆者は昔からなぜこういう特異な形の像が山岳信仰の中から生まれたのか興味を抱いているが、蔵王権現像は平安時代に登場したもので、密教の曼荼羅の中にこうした恐ろしい顔形をした菩薩があるところ、仏教から感化を受けたことは明白で、日本独自に発展して行ったものでもやはりルーツは外来のものにあることを実感しないわけには行かない。4「御霊信仰と神前読経」では、平安時代に盛んになった御霊会と、そうした祭祀で読経された経典について説明展示する。御霊会は、疫病の流行が政治的に不遇であった人々の怨霊による祟りと考えたことによってそうした人々を祀ることによって始まった祭礼だ。そうした不遇な死を遂げた代表として菅原道真は誰でも知るところだ。疫病を鎮めるとなると、京都の祇園祭が思い浮かぶが、これは牛頭(ごず)天王という疫病を祭神とする京都最大の御霊会だ。また、神前読経で最も読まれた経典は『大般若経』という。
 5「社に参る僧侶たち」では、伊勢神宮や春日社など、神社に参詣する僧侶を紹介する。たとえば、兵火で消失した東大寺の復興を祈願するために重源は60人の東大寺の僧侶とともに伊勢神宮に詣でた。こうした動きは神仏習合の新たな展開の幕開けとなった。6「本地垂迹」は、今回の展覧会で最も知っておくべき基礎的な言葉だ。図録から引用する。『日本の神々は、本源的な存在である仏菩薩(本地)が、衆生を救済するためにこの世に現れた仮の姿(垂迹)であるとされる。こうした本地垂迹説は、中世から近世にかけて神社と寺院が一体化していくなか、神仏習合を説明するもっとも一般的な説として広まった。日吉社は釈迦如来、八幡社は阿弥陀如来など、神社ごとに祭神の本地仏が特定されていく過程で、各神社はいわゆる垂迹美術を競うように生み出していった。(中略)中世に造形化された神仏は、多かれ少なかれ本地仏や垂迹神としての性格を持っていたのである。』 これは仏教が体系を持ったもので、日本の神がそれに飲み込まれたような形と言ってよいが、それほど仏教はあらゆる形の仏像や菩薩が持つなど、創造力の源泉として圧倒的な力を持っていたことを示すが、中国渡来そのままではなく、そこには日本化が必然的に生じているところが面白い。たとえばチケットにデザインされるのは、「春日神鹿御正体(みしょうたい)」と名づけられる金工品だが、これを絵に描いた「春日曼荼羅」では、画面上部の山はなだらかで、画面下中央には鳥居があり、鹿の鞍から生える木を覆う円光の中には春日の本地仏の5体の菩薩像が描かれる。その大和絵風の曼荼羅は神仏習合を端的に説明するのに最適な絵に思える。7「宮曼荼羅の世界」はその延長として説明出来るもので、説明は不要と思うが、図録から引用すると、『鎌倉時代後期には、御正体をかたどった円相内の本地仏と神社警官を一画面内に描き込むという、定型化した宮曼荼羅が数多く生み出されていく。』とある。8「中世神道-伊勢をめぐる神仏習合」は、先に書いた重源の伊勢参り以降、それまで仏教との接触を極力避けて来た伊勢神宮が本地垂迹説を受容した様子を紹介する。『伊勢神宮の密教化は必然的に天皇による祭祀にも神仏習合の要素を導入することとなり、天皇位を象徴する三種神器(神鏡・神璽・宝剣)の器形を密教的に解釈する説などもおこなわれたのである。』 この章で目についたのはさまざまに表現される宝珠だが、これはまた9「仏舎利を護持する神々」にも盛んに登場した。図録には『仏教の開祖・釈迦の遺骨である仏舎利は、仏法そのものを象徴する存在として信仰された。また、その霊験が強調されるにしたがい、人々に恵みを与え、あらゆる願いをかなえてくれる不思議な宝珠ともみなされた。』とある。筆者は自分のホームページのシンボルを宝珠にしているので、なおさらそのさまざまな造形には関心がある。また、この章で目を引いたのは、黒光りした「厨子入大黒天立像」で、鎌倉時代のものだが、ふたつの米俵に片足ずつを乗せてこちらに向かって歩もうとしている姿は現在の人々が知る大黒天と全く同じと言ってよい。10「神仏の捧げる芸能」では、神々に捧げる祭礼で奉納された歌舞芸能の代表的な存在の能の源流である猿楽に触れ、そこで使用される「翁」の仮面を紹介する。『能はまさに、神仏習合が生み出した芸能といえるだろう。』 長く書き過ぎたが、神仏習合入門には最適の展覧会で、今後同じテーマでシリーズ化してもっと深く掘り下げた内容を紹介してもらいたいものだ。
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